MILAGRO Ken Morimura featuring Ruben Gonzalez
ビクターエンタテインメント VICP-62522 ¥3,150


 ボクがルベンと最初に会ったのは1988年7月に初めてキューバを訪れた時です。毎年その時期に約一週間行われるカーニバルのためにハバナ市内のあちこちに野外ステージが急造されるのですが、その一つにエンリケ・ホリン楽団が演奏するというので、いそしんで出向いたわけです。場所はプラード通りとネプトゥーノ通りの交差点、そうです、エンリケ・ホリンが最初に作ったチャ・チャ・チャの曲「エンガニャドーラ」の歌詞にある由緒ある場所です。チャ・チャ・チャの、しかもエンリケ・ホリン楽団の生演奏が聞けるという興奮と、同楽団でのというよりはアレイート・オールスターズの音楽監督、ピアニストとして知っていたルベン・ゴンサーレスの演奏が見れるという期待に胸膨らませました。もちろん演奏は予想に違わず素晴らしいものでしたが、同行してくれたページョ・イスキエルド(故)にルベンを紹介してもらい、早速ステージで共演というハプニングのおまけ付きになるとは思ってもいない喜びでした。ボクのピアノをとても気に入ってくれて、「毎晩弾きにいらっしゃい」と満面の笑顔で言われ、ほぼ毎晩行ってそのたびに飛び入りで弾きました。とても素敵な思い出です。

 カーニバルが終わりに近づいた頃、「家に遊びにいらっしゃい」と誘われ、もちろん断る理由などあるわけもなく、ラムをみやげにセントロ・アバーナの自宅まで赴きました。彼の家族達(思ったより大家族)との楽しいブランチの後、彼はおもむろにピアノに向かってポロポロと弾き出し、「ケンも一緒に弾こう」ということになってキューバの曲を次々連弾し、それに合わせて家族のみんなも唄いだし、踊りだし、のとても楽しいパーティーになりました。ボクはこの年以降4年間毎年カーニバルの時期にキューバに行っていたのですが、このパーティーは毎年行われ、それがキューバに行く大きな楽しみになりました。
 ピアニストとして最も敬愛するルベンと、あの楽しいパーティーを思い起こすようなデュオを録音してみたいなあ、という念願の想いがこのアルバムで実現できて、なにかとても気持ちのいい達成感みたいなものを感じています。

 日本での録音のメンバーはジャケットに詳しく載っていますが、長年付き合っている「いつもの」ミュージシャン達です。やはりいつも一緒に演奏しているだけあって、お互いのやりたいことが分かり合えて息の合った演奏になっていますね。彼等の素晴らしい演奏なくしてこのアルバムはできなかったでしょう。感謝感激です。


1. Prelude 1 C major
 子供の頃つらかったピアノの練習も、今思い起こせば最初の頃は結構楽しかったことを憶えています。ソナチネやブルグミューラーの頃です。「小学生でも楽しく弾けるような曲」というのをテーマにして書きました。ストリングスと一緒に演奏すると、とても気持ちよく、大草原にでもいるような気持ちになります。

2. Suena El Piano
 ルベンが長年在籍したエンリケ・ホリン楽団のレパートリーで、彼のピアノを讃えた曲です。個人のプレーを讃えた曲ってなかなか無いですよね。カーニバルの時はボクのリクエストに応えてくれて毎晩演奏し、そのたびに唸るようなソロを弾いていました。今でもその情景が目に浮かぶとても思い出深い曲です。尚この録音では、スピーカーに向かって左側がボクで、右側がルベンです。これは7. 11. も共通です。

3. Milagro
 「奇跡」というタイトルのこの曲は、アルバムタイトルにもなっているボクのオリジナル曲です。岩村健二郎が歌詞を書いてくれたのですが、だれにでもふと起きる胸のときめき、それは一番身近な奇跡なんじゃないかなあ、という思いをテーマにしました。志村享子のボーカルが見事にそれを表現してくれています。

4. Come Together
 カバー曲をなにかやりたいと思って、どうせならラテンにはなりそうもないような曲に挑戦しようと選んだ曲です。ビートルズはボクらの世代には特別な存在で、それ故に手を付けにくいところもあるのですが、意外とすんなりとこのラテンとアフリカがミックスしたようなアレンジがイメージできました。このいい感じの録音はプレーしてくれたみんなのおかげといえます。

5. A Gozar Mi Montuno
 「ボクのモントゥーノを楽しもう」というボクのピアノ・スタイルそのまんまのタイトルですが、後半のサンバ、レゲエ、ロックにもモントゥーノがマッチしてしまうというのは、ボクの今までの経験から感じていることです。この曲では、ボンゴ、コンガ、ティンバレスすべてを1人でレコーディングした大儀見元をフィーチャーしています。

6. Peyote
 ペヨーテとは主にメキシコの砂漠に群生するサボテンの一種で、これを噛むと幻覚症状になることから、太古よりインディオ達の宗教儀式に用いられていました。60年代にはメキシコ・インディアンの精神世界を紹介した本も出版されたりして、当時のヒッピー達に大いに支持されたことも知られています。そんな妖しげな雰囲気を助長しているのはハーモニカとトロンボーンの佐野聡。ボクと2人で唄ったコーラスは特に妖しく、これを聞いた人は皆口ずさんでしまうという麻薬に犯されます(実証済)。

7. Bilongo
 キューバの大スタンダード・ナンバー。ルベンはこれを録音した時(2001年)ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのツアーの時期で、スタジオでしきりに練習していました。ルベンはとにかくピアノの前に座ると、止めどもなく弾きまくる人で、本当にピアノが大好きなんですね。そしてそのひたむきに練習する姿に感銘を受けました。このトラックは何度か練習した後録音しました。

8. Prelude 2 B minor
 1曲目の続編です。有りそうで無い曲という感じですが、やはり「簡単に弾ける曲」というのをテーマにしています。こういう曲を20曲ぐらい作って楽譜を出版してみたくなりました。さて何年かかるかどうか。お楽しみに。


9. Salon Colonial
 「植民地風のサロン」というタイトルですが、前作の「ソニャドール」に続くボクのオリジナル・ダンソンです。キューバに行くと石造りのサロンがいっぱいあって、よくそういうところでこの曲のような小編成のミニライブが行われたりします。涼しいせいもあってか、ずっとそこに居たい気分になります。こういうゆったりとしたテンポ、いかがですか? 演奏しているとシビれるほどの快感があるのですが、聞いているみなさんはどうでしょう?

10. Que Te Importa
 涙も枯れ果ててしまうほどの絶望、そしてなげやりになってしまうほどのやるせない気持ち。この曲は「エル・クンバンチェロ」「カチート」等で知られるプエルトリコの至宝、ラファエル・エルナンデスの初期の、なんと1938年の作品です。DIVA NORIKOの円熟した唄。素晴らしいですね。こういう曲を唄えるのは日本では彼女ぐらいしかいないでしょう。ストリングス・アレンジもとても気に入っているのですが、アーティキュレーションやニュアンスなどにコンサート・マスターの加藤ジョーさんのアイデアをいっぱいいただきました。

11. Silver Star
 ボクが初めてキューバに行った1988年、生で接したキューバ音楽の素晴らしさ、新鮮さ、そして一緒に演奏した数々のミュージシャン達、特にルベンとの楽しい時間など、さまざまな思い出を詰めて帰国まであとわずかという時に、ルベンから「プレゼントがある」との連絡があり、なんだろうと思いながら家を訪ねると、「これを君に」と差し出してくれたのが、72年に発表された彼のソロ・アルバムと、なんと彼直筆の「シルバー・スター」の楽譜でした。わざわざ書いてくれたんだあと、涙が出るほど感激しました。今でも家宝として大事に保管しています。今回なにがなんでも是非録音したかった曲です。ルベンの家での楽しいパーティーをイメージして、ミュージシャンみんなでコーラスを録音しました。また、イントロとアウトロには当時のパーティーの様子をコラージュしています。

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